税務

簡易課税制度のメリット・デメリット 適用の判断基準を解説

前回はインボイス制度についてまとめましたが、その中でインボイス制度が始まるとこれまで免税事業者であった方は申告納税手続が必要になり、課税事業者の方は、消費税納付額を計算するためにインボイス(適格請求書)から仕入税額控除の金額を集計する必要があるため、事務負担が増えることをお伝えしました。

また、インボイス制度によってこれまで消費税の納税義務のなかった免税事業者の方は手取り収入が減ることが予想されます。

そんなインボイス制度に対応するための手段のひとつとして消費税計算の特例に位置する簡易課税制度というものがあります。

簡易課税制度を上手に利用することで事務負担の軽減が図れることや場合によっては消費税納付額の減少による節税効果もあります。

今回の記事では、そんな簡易課税制度を分かりやすく説明するとともに、当該制度の適用条件や計算方法を詳しく説明します。

 

 

簡易課税制度とは

前回のインボイス制度の記事で解説した消費税の基本構造のおさらいですが、消費税とは、事業者に納税義務があり売上消費税から仕入消費税を控除した差引税額を納付することとされており、事業者に課される税相当額は、コストとして財貨・サービスの販売価格に織り込まれて転嫁され、最終的には消費者が負担することが予定されているということでした。

しかし、仕入等の取引毎に支払った消費税をその都度計算するのはとても大変な事務作業になります。

簡易課税制度とは、このような消費税の計算の事務的負担を軽減するために中小企業者に配慮して設けられた特例制度で、仕入額を売上額の一定割合とみなして、受取った消費税から控除できるしくみです。

具体的には、支払った消費税のことを「仕入税額控除」と言いますが、この簡易課税制度を利用すれば、売上に係る消費税額に一定の割合を掛けた金額を仕入れ税額控除とみなすことができるため、事業者は売上に係る消費税額のみを求めればよいことになります。

このように簡易課税制度とは、事業者が支払った消費税の計算を簡易にすることで、事業者の事務負担軽減を図る制度なのです。

 

 

簡易課税制度の計算方法

通常の消費税の計算よりも簡易に計算できる簡易課税制度。

ここではその計算方法を見ていきたいと思います。

 

簡易課税制度の計算式

通常の消費税の計算式は、

消費税納付額=売上に係る消費税ー仕入税額控除

によって計算します。ここで仕入税額控除という言葉が出てきますが、仕入税額控除を求めるためには帳簿からの集計が必要であったり、頻繁に専門的な知識が必要になってくるため事務負担になります。

 

一方、簡易課税の計算式は、

消費税納付額=売上に係る消費税ー(売上に係る消費税×みなし仕入率)

上記の式のとおり消費税納付額を計算する上で仕入税額控除を考慮する必要はなく、単純に売上が分かれば消費税納付額がわかります。仕入税額控除を求めるのは帳簿からの集計や専門的な知識が必要なこともあるため、簡易課税のように簡単に消費税納付額を求めることができると事務負担の軽減になります。

 

みなし仕入率

簡易課税では、業種ごとに定められたみなし仕入率というものを使って消費税納付額を計算します。

簡易課税ではみなし仕入率さえ理解しておけば消費税の計算は出来てしまいます。しかし、飲食店と小売店を経営している場合等、業種が複数ある場合には計算が少し特殊になります。ここさえ押さえておけば計算は簡単なのでしっかり確認しておきましょう。

簡易課税制度を適用するときの事業区分及びみなし仕入率は、次のとおりです。

事業区分 みなし仕入率
第1種事業 卸売業 90%
第2種事業 小売業、農業・林業・漁業 80%
第3種事業 建設業、製造業、加工業等 70%
第4種事業 飲食店等(第1種事業、第2種事業、第3種事業、第5種事業及び第6種事業以外の事業) 60%
第5種事業 サービス業(飲食店業に該当するものを除く) 50%
第6種事業 不動産業 40%

上記の表から分かるように、商品の購入が多い卸売業などは仕入等に係る消費税額が高くなるので、みなし仕入率の割合も高くなる傾向にあり、逆に、仕入等に係る消費税の支払いが少ないことが想定される不動産業の場合、みなし仕入率が低くなります。

例えば、小売店の年間売上が3,300万円のケースで消費税納付額を計算すると、

  1. 売上に係る消費税の計算 3,300万円÷1.1×0.1=300万円
  2. みなし仕入率に応じた仕入控除税額 300万円×80%(小売業のみなし仕入率80%)=240万円
  3. 消費税納付額 300万円−240万円=60万円

になります。

売上さえ把握できれば簡単に消費税納付額の計算ができますね。

注意

  • みなし仕入率はあくまでもみなしであって概算です。設備投資等があった年に実際の仕入税額控除がみなし仕入率を上回る場合であっても、簡易課税を選択しているとみなし仕入率による計算が強制されますので設備投資等の大きな支出を予定されている時は注意が必要です。
  • また、業種が複数に別れる場合には業種ごとに売上を明確に分けておく必要があり計算もやや特殊になりますので却って事務負担になることが考えられます。

 

複数の業種がある場合の計算方法

複数の業種がある場合は、少々複雑な計算構造となっています。

原則

まず、複数の業種がある場合の原則的な計算方法ですが各事業ごとのみなし仕入率で加重平均することによって求めることとされています。

例えば、小売店の年間売上が1,100万円、飲食店の年間売上が880万円、不動産賃貸業の年間売上が990万円の3種類の事業を営んでいるケースで消費税納付額を計算すると、

  1. 売上に係る消費税の計算 (1,100万円+880万円+990万円)÷1.1×0.1=270万円
  2. 小売店のみなし仕入率に応じた控除仕入税額 1,100万円÷1.1×0.1×80%=80万円
  3. 飲食店のみなし仕入率に応じた控除仕入税額 880万円÷1.1×0.1×60%=48万円
  4. 不動産賃貸業のみなし仕入率に応じた控除仕入税額 990万円÷1.1×0.1×40%=36万円
  5. 2,3,4の合計÷売上に係る消費税 164万円÷270万円=60.7% ⇦加重平均みなし仕入率
  6. 売上に係る消費税×5で計算した加重平均みなし仕入率 270万円×60.7%=163.89万円 ⇦控除仕入税額
  7. 消費税納付額 270万円ー163.89万円=106.11万円

となります。少し計算の工程が増えて難しくなりましたね。業種が増えるほど加重平均みなし仕入率を計算するのは複雑になると思います。

ただし、複数の業種がある場合でもメインとなるような業種があってその業種の売上の占める割合が一定の割合以上のような場合には特例がありますのご安心ください。

特例による計算方法も2種類ににわかれますのでご自身がどちらに分類されるかを注意しておいてください。

それぞれの計算方法を詳しく解説していきます。

2業種以上の事業がある場合で1業種の売上の占める割合が全体の75%以上の場合

まず、2業種以上の事業を営んでいる方で、メインとなる事業の売上高が全体の売上高の75%以上を占める場合には、全体の売上高に対してメインとなる事業の区分に応じたみなし仕入率を用いて仕入控除税額の計算が可能です。

例えば、小売店の年間売上が3,300万円、飲食店の年間売上が550万円、不動産賃貸業の年間売上高が330万円の3種類の事業を営んでいるケースで消費税納付額を計算すると、

  1. 売上に係る消費税 (3,300万円+550万円+330万円)÷1.1×0.1=380万円
  2. 全体の売上高に対する小売店の売上高の占める割合 3,000万円÷(3,000万円+500万円+300万円)=78.9% ※税抜売上高で計算します
  3. 特定の1事業の売上高が全体の売上高の75%以上であるかどうかの判定 78.9%≧75% ∴全体の売上高に対してみなし仕入率80%の適用可
  4. 消費税納付額 380万円ー(380万円×80%)=76万円

となります。

つまり、メインとなる事業の売上高が全体の売上高の75%以上を占める場合には、メインとなる事業区分に応じたみなし仕入率によって仕入控除税額の計算が可能ですので先程の原則で計算したような複雑な加重平均を計算する必要はありません。

ちなみに原則と特例のどちらを選ぶかは自由なので、正確に計算して有利な方を選ぶようにしてください。

 

3業種以上の事業がある場合で特定の2業種の売上の合計の占める割合が全体の75%以上の場合

次に、3業種以上の事業がある方は、メインとなる2業種の売上高の合計が全体の売上の75%以上を占めている場合の特例があります。

具体的には、75%以上を占めるメインとなる2つの事業のうち事業区分に応じたみなし仕入率でそれぞれ高い方と低いほうに分けます。その2業種のうちみなし仕入率の高い方の事業に係る課税売上高については、そのみなし仕入率を適用し、それ以外の課税売上高については、その2種類の事業のうち低い方のみなし仕入率をその事業以外の売上高に対して適用することができます。

例えば、小売店の年間売上が1,650万円、飲食店の年間売上が1,100万円、不動産賃貸業の年間売上高が550万円の3種類の事業を営んでいるケースで消費税納付額を計算すると、

  1. 売上に係る消費税 (1,650万円+1,100万円+550万円)÷1.1×0.1=300万円
  2. 全体の売上高に対する小売店の売上高の占める割合 1,500万円÷(1,500万円+1,000万円+500万円)=33.3% ※税抜売上高で計算
  3. 特定の1事業の売上高が全体の売上高の75%以上であるかどうかの判定 33.3%<75%∴全体の売上高に対してみなし仕入率80%の適用不可
  4. 全体の売上高に対する小売店と飲食店の売上高合計の占める割合 (1,500万円+1,000万円)÷(1,500万円+1,000万円+500万円)=83.3% ※税抜売上高で計算
  5. 特定の2事業の売上高が全体の売上高の75%以上であるかどうかの判定 83.3%≧75% ∴みなし仕入率を小売店80%・飲食店60%に分けて高い方の小売店の売上高には80%を、低い方の60%はそれ以外の売上高に対して適用可
  6. 消費税納付額 300万円ー(150万円×80%+(100万円+50万円)×60%)=90万円

となります。さらに、特定2業種の売上高が75%以上になる組み合わせが複数ある場合にはその中で仕入控除税額が有利になる組み合わせを適用できます。

かなり計算が複雑になってきました。このように複数業種がある場合には簡易課税制度を適用することによって却って事務負担になる可能性もあります。

 

簡易課税制度を適用するための要件

 

次に簡易課税制度の適用要件を見ていきましょう。簡易課税制度は、あくまで中小企業者の消費税計算における事務負担軽減のための制度なので、利用できる事業者にも当然条件があります。

ここでは、簡易課税制度が適用される事業者の適用要件を詳しく説明します。

 

前々年の売り上げが5,000万円以下

まず一つ目の要件は、簡易課税制度を適用しようとする年の前々年の課税売上高が5,000万円以下の課税事業者であることです。あくまで中小企業者のための事務負担軽減制度なので、5,000万円という売上高規模での制限を設けています。また、この課税売上高は税抜きであることに注意しましょう。

仮に前々年の課税売上高が5,000万円を超えた場合には簡易課税制度の適用はありませんので、原則的な方法で計算することになります。特に税務署に届出等は必要ありませんので前々年の課税売上高の状況に応じて判断していくことになります。

 

簡易課税制度選択届出書を課税開始期間の前日までに提出している

二つ目の要件は、消費税法に基づき「消費税簡易課税制度選択届出書」を税務署に提出していることです。簡易課税制度の適用を受ける課税期間の初日の前日、つまり課税期間の開始前に提出する必要があるので注意してください。

一度、課税期間に入ると期間中に届出書を提出しても簡易課税制度は利用できないので計画的に提出するようにしましょう。

 

最低2年間は簡易課税制度を継続しなければならない

さらに、簡易課税制度を利用する際に気を付けないといけないことがあり、簡易課税制度の利用事業者は、原則2年間は簡易課税制度によって消費税を計算、納付しなければいけないということです。計算方法を事業者の都合で変えることを極力避けるためにこのような制限が設けられています。

 

注意

簡易課税制度の適用をやめる際にも税務署に簡易課税制度選択不適用届出書の提出が必要です。前述したように2年間は継続して適用を受けた後から提出することができ、適用をやめようとする課税期間開始日の前日までに提出しなければいけない点に注意が必要です。

 

簡易課税制度のメリット・デメリット

簡易課税制度について、消費税納付額を簡易な計算で計算することで事務負担の軽減を図ることができると言いましたがそれ以外にもメリット・デメリットがあります。

それは、簡易課税制度によって計算することで消費税納付額が原則で計算した時よりも減ることも増えることもあるということです。

ここでは、簡易課税制度のメリット・デメリットについて解説したいと思います。

 

メリット

消費税納付額の計算が簡単

簡易課税制度の目的は納付する消費税額の計算を簡単にすることです。原則計算と違い、課税売上高が分かれば計算できるため、仕入税額控除を把握する必要がありませんので仕入税額控除の集計が不要となります。

 

消費税納付額が減少することがある

簡易課税制度はその構造上仕入支出に対する控除税額を考慮せず売上に係る消費税額に一定のみなし仕入率を掛けて計算することになります。そうすると実際の控除仕入税額よりも、売上に係る消費税に一定のみなし仕入率を掛けて計算した方が結果的に消費税納付額が減少することがあります。

例えば、小売店の年間売上が3,300万円、仕入支出が2,750万円のケースで消費税納付額を計算すると、

原則計算

  1. 売上に係る消費税 3,300万円÷1.1×0.1=300万円
  2. 仕入税額控除 2,750万円÷1.1×0.1=250万円
  3. 消費税納付額 300万円ー250万円=50万円

簡易計算

  1. 売上に係る消費税の計算 3,300万円÷1.1×0.1=300万円
  2. みなし仕入率に応じた仕入控除税額 300万円×80%(小売業のみなし仕入率80%)=240万円
  3. 消費税納付額 300万円−240万円=60万円

となります。今度は簡易課税制度の適用を受けて計算するよりも、原則計算の方が消費税納付額が少なくなりました。このように、みなし仕入率よりも実際の仕入控除率の方が高くなれば簡易課税の適用を受けると納付額が増えて結果的に損をします。今回のケースでは実際の仕入控除率が250万円÷300万円=83.3%と小売店のみなし仕入率である80%よりも高くなるので損をしているのがわかります。

 

デメリット

一方でデメリットとして、

複数業種がある場合には消費税納付額の計算が複雑になる

前述したように、複数の事業を行っている事業者の場合、課税売上高を分けて計算し、事業区分ごとのみなし仕入率を掛けて消費税額を算出するため、計算が複雑になってしまいます。

 

消費税納付額が増加することがある

先程メリットのところで消費税納付額が減少すると解説しましたが、その逆で消費税納付額が増加することがあります。それは、実際の控除仕入税額が売上に係る消費税に一定のみなし仕入率を掛けて計算した金額より高くなるケースです。

 

簡易課税制度の適用を検討する目安

メリット、デメリットを確認しましたが、結局簡易課税制度の適用を受けるべきかやめておくべきかということですが、判断材料はふたつあるかと思います。

 

事務負担の軽減

ひとつは、事務負担の軽減です。

インボイス制度が始まってこれから課税事業者を選択する方にとっては、消費税の申告納付手続の事務負担は計り知れません。

また、仕入税額控除に関して専門的な知識や集計の手間を考えると売上の把握で消費税の納付額まで簡単に計算できる簡易課税制度を選択することが考えられます。

 

消費税納付額

ふたつめは、消費税の納付額が増えるのか減るのかです。

原則と簡易課税制度の計算結果が全く同じになることはまずないと思います。つまり常にどちらかが有利でどちらかが不利になる関係になります。その差は会社の状況によって0に近いかもしれませんし何十万円、時には何百万円と差がでるかもしれません。

消費税納付額が増えるのか減るのかということが、簡易課税制度適用の大きな判断材料になることは間違いありません。

一般的に簡易課税制度は、全業種において得するケースの多い制度といえます。

みなし仕入れ率が全業種において、高めに設定されているためです。そのため、実際の仕入控除率がみなし仕入れ率よりも低くなる場合は、どの業種でも簡易課税制度を利用するべきです。

一方で、設備投資等の多額の経費を計上する必要がある場合は、業種を問わず注意しなければいけません。

このような場合は簡易課税制度を利用する方が不利になることが考えられます。

業種別でみるとIT業や不動産賃貸業といった仕入れが必要ない業種が有利といえます。反面、小売業や卸売業、飲食業のように仕入れが多い業種は注意が必要です。

ある程度過去の実績から実際の仕入控除率を計算して比較することや設備投資の予定がある場合には簡易課税制度の適用をやめる計画をする等しっかりとシミュレーションをしておかないと、損をする可能性があります。

 

簡易課税制度とインボイス制度

前回の記事で解説しましたが、インボイス制度によってこれから新たに課税事業者になる事業者の方にとっては申告納税手続きは煩わしい手続きになります。また、これまで課税事業者であった事業者の方にしてみても仕入税額控除を計算するためにインボイス(適格請求書)の集計が必要になります。

しかし簡易課税制度を利用できれば、そういった事務負担は軽減できます。簡易課税制度では、従来通り売上と業種で消費税納付額を計算するためです。

また、前述したように簡易課税制度による計算の方が消費税納付額が低くなる場合もあります。

 

まとめ

簡易課税制度のご理解に少しでもお力になれたでしょうか。

インボイス制度が導入されるとこれまで以上に簡易課税制度を上手に利用することで事務負担の軽減及び節税につながることかと思います。

ただし、簡易課税制度は計画的に利用しなければ損をする場合もありますのでご注意ください。

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